校訓・校歌・歴史・校名

 武義高校は美濃市唯一の高校として、地域との関わりも深い学校です。また、県内でも長い歴史を誇る伝統校でもあります。こちらのページでは、武義高校の歴史や校歌などを紹介しています。

 本校には旧制中学校時代に「至誠・勤勉・質実・剛健」という校訓があり、また、伝統訓としている「梅は霜雪を経て清香を発す」の記念碑があります。これらは、美しく清らかで逞しくあってほしいという創設当時の人々の願いと理想を伝えています。現在の校訓は、本校の伝統と精神を受け継いで定められたものです。これは、逞しい精神と身体をもって激動する時代を生き抜いて欲しいという願いをあらわしているものです。

うまず・・・・何事に対しても根気よく努力する(忍耐・根性)
おくせず・・・どのような困難に対しても敢然と挑戦する(勇気・挑戦)
たくましく・・心身ともに力強く生きる(健全・正義)

作詞:佐佐木 信綱
作曲:岡野 貞一

1.古城のふもと 梅山に 学ぶ健児の 理想は高く
  み空翔らむ 翼の響き その雄叫びの 声を聞け
  いざわが友 武義高校の名を揚げむ
  武義高校の名を揚げむ
2.長良のほとり 梅山に 学ぶ乙女の心は清く
  霜に雪にも撓まぬ力 咲き満つ花の 色を見よ
  いざわが友 武義高校の名を揚げむ
  武義高校の名を揚げむ

校歌(歌詞あり)
校歌(歌詞なし)

JASRAC許諾 第E1308023030号

 本校は、幕末に漢学者村瀬藤城が塾を開いて子弟の教育をした梅山の地にあります。大正9年に県下5番目の中学校(旧制)として創立され、以来、90有余年の歴史を持つ伝統ある学校です。
 卒業生は、すでに約23,000名におよび、県内はもちろん全国のいたるところで大いに活躍しています。
現在は、531名の若人が、勉学や部活動に励み、国公立・有名私立大学への進学や難関の各種資格試験の合格、一流企業への就職など、県下に誇りうるめざましい成果を上げています。

 校名の前身は、大正9年に創設された旧制の武義中学校であり、 校名はこれを継承したものである。 この校名は、旧「武儀郡」(現在の美濃・関市域を含む)の名に由来するが、 「儀」ではなく「義」と表記されたのは、単に武儀郡だけの地域的な学校とするのではなく、 「武士道」の「武」と「正義」の「義」を合わせ持った高潔な人格を形成するという当時の理想が込められたためとする説、 また奈良時代には、中濃地域を中心とする広域が「武義郡」と表記されていたことから、 本中学校の校下が郡上郡や加茂郡の一部を含む広域にわたっていたことと符合することなどに求める説がある。 なお、「武義」は、古代では「ムゲ」と読み、この地域には、「牟義郡」、「身毛津」などと表記された「ムゲツ」氏と呼ばれる豪族がいた。

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