学校概要

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学校基本計画   いじめ対策基本方針

外部評価     進路状況

〇副校長より

本校定時制課程は、昭和15年に夜間課程として設置され、本年で創立86年を迎えます。商業科の定時制高校としては県内で最も長い歴史をもつ学校です。校訓「不撓不屈」のもと、商業教育を通して生きる力を育み、地域社会に貢献できる有為な商業人の育成を教育目標に掲げてまいりました。これまでに5,000名を超える卒業生が、本校を巣立っています。

定時制課程で学ぶ日々は、決して容易なものではありません。昼間は働き、夜に学ぶ生活を4年間継続することは、心身ともに大きな努力を要します。特に三修制を選択した生徒は、午後4時過ぎに登校し、午後9時過ぎまで授業に取り組むことになります。しかし、皆さんは一人ではありません。「学びたい」という思いを共有する仲間がいます。互いに支え合い、励まし合いながら歩むことのできる環境が、ここにはあります。

本校では、生徒一人一人が「卒業」という目標を実現できるよう、次の三つを柱として教育活動を進めています。

  • 少人数授業やICTの活用により、生徒の興味・関心を高め、学ぶ楽しさや「わかる喜び」を実感できる授業の推進
  • 3年間での卒業を可能とする三修制をはじめ、基礎・基本の定着、実習や資格・検定取得に重点を置いたカリキュラム編成
  • 自己の存在感を実感し、仲間と協力しながら楽しく取り組める学校行事や特別活動の充実

私たちは、生徒一人一人の個性と歩みに寄り添いながら、安心して学び続けられる学校づくりに努めています。今後とも、本校の教育活動や生徒たちの様子を、ホームページを通じて発信してまいります。ぜひご覧いただき、本校定時制課程への理解を深めていただければ幸いです。

〇定時制の概要

本校定時制は、昼間は自分の生活パターンで時間を有効に活用し、夜間(4修制の場合、17:00-21:05)に登校する学校です。4年間じっくり勉強をして、卒業するように時間割が作られていますので、4年で卒業するのが原則です(これを4修制と言います)。一方で、本校には、進学等のために、授業を3年間履修することで卒業できる、自校3修制という制度もあります。

 

〇校訓・校章・校歌

・校訓

『不撓不屈』…どんな困難に出合ってもひるまず、くじけず最後までやり遂げること。

・校章

ギリシャ神話における男性神「ヘルメース」に由来するものです。この神はローマ神話では、メリクリウスに当たり、マーキュリーとも言われています。一般にはつばの広い流行帽もしくは翼のついた帽子をかぶり、翼の生えた靴をはき、二匹の蛇が絡みついた使節杖を手にしており、軽捷な青年の神として知られています。
従って校章はこの「ヘルメース」にちなみ、中央の杖、左右の翼、杖に絡む二匹の蛇をそのまま表し、Gifu Commercialの頭文字を配したものです。「ヘルメース」は、神々の王者ゼウスと、巨人アトラスの娘マイアとの子であり、アポロの弟として生まれました。洞窟の中で生まれるや直ちに歩き出したと言います。その性、職能は極めて複雑多様で、作物、牧畜、商業、旅行、音楽、競技、幸運、雄弁等をつかさどると言われています。
なお、この校章は本校が昭和26年4月に岐阜県立岐阜商業高等学校として再発足した際に採用され、今日に至っています。図案作成者は加藤鉄男先生です。

・校歌

大正14年 創立20周年記念式を挙行するに当たり卒業生、在校生から広く校歌を募集しました。選考の結果、在校生であった伊藤武男氏(旧姓深尾)の歌詞が採用され、福井直秋氏により作曲されました。歌詞には郷土の情景、不抜の精神、将来の希望を謳い上げています。

 

〇沿革

昭和15(1940)年 03.30 岐阜市立商業学校に第二本科(夜間課程)を設置
昭和15(1940)年 04.30 開校式挙行
昭和19(1944)年 04.01 岐阜市第一工業学校に移転
昭和20(1945)年 10.01 第二本科生徒募集停止
第二本科生徒募集停止解除
昭和21(1946)年 04.01 工業学校第1・2学年以外は商業学校に転換
昭和21(1946)年 04.01 第二本科生徒募集停止解除
昭和23(1948)年 04.12 岐阜市立商業高等学校第二部と改称
昭和24(1949)年 04.01 岐阜市立長良高等学校定時制と改称し商業科を設置
昭和25(1950)年 04.01 女子生徒の入学を許可
昭和27(1952)年 04.12 町村組合立山県分校を設置
昭和31(1956)年 04.01 県立移管に伴い、岐阜県立長良高等学校定時制と改称
昭和33(1958)年 04.01 岐阜県立岐阜商業高等学校に移管、同校定時制と改称
昭和35(1960)年 07.01 夜間給食開始
昭和40(1965)年 08.31 運動場照明設置
昭和42(1967)年 03.31 山県分校は県へ移管、山県高等学校(全日制)として独立
昭和56(1981)年 02.08 定時制40周年記念行事挙行
昭和58(1983)年 03.11 食堂完成
昭和59(1984)年 09.01 運動場照明燈増設
平成10(1998)年 04.01 新入生より単位制に移行
学校間連携に関する文部省の調査研究指定