赤陵の森に風薫る ~輝かしい歴史と伝統~

本校は明治29年4月、岐阜県尋常中学校東濃分校と称して創立されました。卒業生は令和7年3月に17,776人にも上ります。
県下の高等学校では岐阜高等学校(岐阜市)、斐太高等学校(高山市)、大垣北高等学校(大垣市)に次いで歴史のある学校です。令和7年度に130周年を迎えました。
本校は御嵩の町を見渡す小高い丘「赤陵の森」に位置し、歴史を秘めた木々に囲まれた県下でも屈指の落ち着いた自然環境の中にあるといえるでしょう。
生徒並びに職員一同は、恵まれた教育環境の中でこれらの先輩が築かれた輝かしい伝統を受け継いで、いっそうの発展をめざして日頃の教育活動に励んでいます。
東濃高校 校歌
本校の校歌は、花村奨作詞・芥川也寸志作曲(昭和26年2月)によるもので、時代を越えて歌い継がれてきました。
【歌詞】
赤陵の森風薫り/数多の材を育めり/遥かに嶺のくも染めて/秀麗競ふ恵那伊吹/友愛結ぶ東高に/自然と人の鑑あり
九景の峰のうららかに/母校のいらか輝けば/霜雪変えぬ柏葉を/かかげて進むこの歩み/誇りぞ高き東高に/若き理想の炬は燃ゆる
木曽の流れの水清く/四季を彩る花の色/研鑽止まぬ若人に/山河明るく微笑めり/希望溢るる東高に/学ぶ歓びいざ謳へ
泳の宮の跡古りて/歴史に匂ふわが郷土/ここに生まれし栄光を/次代につなぐ任重し/可児の光の東高に/挙りて立つべきわれらあり
♪東濃高校校歌 歌&演奏:Flying Hill♪
(mp3ファイルです。聴くためには、再生できるソフトが必要です。)
「Flying Hill」とは
可児市を拠点に活動中の、本校卒業生4人組(現在は3人)のギターポップバンド。本校在学中の2000年7月に結成、翌年秋に高校生バンドの「NLA全国高校生音楽祭」に地区代表として出場。現在も活躍している。
東濃高校 130年の歩み
明治29年 4月・・・岐阜県尋常中学校東濃分校と称し御嵩町立小学校を仮校舎として創立
明治29年 5月・・・仮開校式挙行
明治29年11月・・・御嵩町赤坂(現在地)に新校舎落成、移転する(校舎3寄宿舎1)
明治29年12月・・・開校式挙行
明治31年 4月・・・岐阜県東濃尋常中学校と改称
明治32年 4月・・・岐阜県東濃中学校と改称
明治33年 3月・・・第1回卒業式挙行 卒業生10名
明治34年 6月・・・岐阜県立東濃中学校と改称
明治42年 4月・・・補習科を新設
大正 2年 3月・・・明治天皇記念事業として校旗調
大正 5年 3月・・・大正天皇即位式記念事業として林間体操場を設置
大正 9年 4月・・・補習科を廃止
大正11年 4月・・・校歌制定(小木曽啓次郎作詞・小林礼作曲)
大正12年 4月・・・岐阜県東濃中学校と改称
昭和23年 4月・・・岐阜県東濃高等学校と改称
昭和23年 8月・・・学校再配置により岐阜県可児農業高等学校と統合(普通科+農業科)
昭和24年 3月・・・商業科を設置
昭和24年 4月・・・定時制課程(普通科+家庭別科)を伏見校舎に併設
昭和26年 3月・・・校歌制定(花村奨作詞・芥川也寸志作曲)
昭和27年12月・・・伏見校舎の農業科及び定時制普通科が
岐皇県立東濃高等学校伏見分校となる。
昭和35年 5月・・・岐阜県立東濃実業高等学校が分離独立し、
本校の設置課程は全日制普通科および商業科となる。
昭和49年 4月・・・商業科生徒募集停止 普通科定員276名(6学級)となる。
昭和51年 3月・・・商業科廃止
昭和53年10月・・・赤陵会館竣工式挙行
平成 元年 4月・・・佐伯賞制定
平成 2年 4月・・・制服改定
平成 4年11月・・・文部省指定勤労体験学習研究発表会を行う。
平成 8年10月・・・創立100周年記念式典挙行、赤陵会館改修完成
平成16年 3月・・・新体育館完成
平成16年 4月・・・単位制普通科1期生160名入学。
令和 元年 4月・・・少人数コミュニケーション講座開設
令和 元年 7月・・・赤陵賞創設(佐伯賞継承)
令和 4年 1月・・・武道場屋根外壁床改修工事完了
令和 7年 3月・・・情報準備室壁木質化工事(ほっとプレイス設置)