学校概要

ごあいさつ  学校長 服部 弘幸

郡上高校のホームページにようこそ


 このたび、伝統ある郡上高等学校に赴任いたしました。どうかよろしくお願いいたします。本校は地域の学校として歴史を刻み、来年度100周年を迎えます。この間、多くの諸先輩方が巣立たれ、地域・県内・日本全国、さらに世界で活躍されております。本校は、この100年を一つの区切りとして更なる飛躍を目指しております。どうかよろしくお願いいたします。  

指導の重点として

1 「やり抜く力」が育成できる学校   
2 情報を集め、感じて行動し、学び続ける学校   
3 地域との密着を図る学校   
4 団結力を持って進む学校

を掲げました。

校訓は「凌霜」(りょうそう)
~激しい霜を凌いで美しく敢然と咲く菊のように~

 地域を大切にと学んだ地元の生徒が、未来に向けて、世界に向けて「やり抜く力」を身に付け、激変する未来にしなやかに、かつしたたかに対応できる学校を目指して参ります。



夏休みを迎えるにあたって

メタ認知

 厳しい暑さが続く毎日となりました。いよいよ夏休みです。この夏休みは、日本の学校独特の貴重な長い休みです。イギリスのオックスフォード大学では、100日を超える長期休業があるそうです。学生たちは、ここぞとばかりに勉強し、遊び、ボランティア等で奉仕し、若さを爆発させるのです。

 今日は1つお話ししておきましょう。「メタ認知」です。
意味は、「自分自身が理解できていることを、自分が認知できる」ということです。たとえば、小さいころに鉄棒で逆上がりができるようになった。何度も繰り返し練習するうちに、「逆上がりってこうやるとできるよ」と自分自身で言えるようになりました。
 高校生においては、進学を目指す受験生が数学の難題に出会ったとき、解答を見ず七転八倒し解ききる。その後見えてくる数学のある分野に関する考え方の変化は、問題が解ける自分自身を確信することになっていきます。また、就職を目指す生徒が面接において、「私はこんな可能性があるのだ」と大人に伝えたい。どうすればうまく伝えられるかを先生に指摘され、友達に相談し、自分自身で悩むうちに、表現できる確かな自分の姿が見えてくるのです。
 私も高3生の時、ある数学雑誌の添削問題一題を、寝る時も枕元に置き、お風呂やトイレに行く時もその問題を持ち…23時間半も考え、苦しんで解いた記憶があります。解けた後は、「この分野の問題に対してはこんな解き方をする」という自信と「この分野に対して、自分自身が確かに解っている」と自分で認めることができるようになったのです。もちろん添削に出した後は、満点で戻ってきました。
世の中へ出ると、どうしても結果を出さなきゃいけないことがあります。そんな時に、自分はできるんだというところまで自分自身を発見していく経験が大切になっていくのです。
 私は、凝り性で、興味あることを見つけると、はまり込んでいきます。知らないことでも、本を読んだり、調べたりするうちに私の場合半年くらいで大方わかるようになります。メタ認知します。
 おそらく皆さんは、「やらなきゃ」ってことを、それぞれいろいろ抱えていると思います。その「やらなきゃ」という課題に対し、いくらかの時間必死になって取り組みやりきってみることで解決し、自分自身の可能性が広がることがあるのです。「わかる」、「できる」ことでメタ認知できるはずです。

 それでは1か月後。元気に再会しましょう。



郡上高校新聞 学校長より

人を作る本質

 赴任してから約三ヶ月、郡上の土地には、まさに「凌霜」なる精神が眠っていると感じています。
 今や世の中は有為転変。コンピューター通信の深化により電波受信ができる場所ならば、世界中どこにいても同じ映像や言葉を瞬時に共有することができ、発信することができるようになりました。かつて新聞やテレビなるメディアから一方的に下りてきた情報発信が、小さな入口を通してプロ並みに自ら発信できるようになり、反論や共感を享受できます。時には炎上なる言葉も、時代を反映したものでしょう。
 しかし、こんな時代にも変化しないことがいくつかあります。その一つに人が人に直接伝え人を変えていくことです。昔日に大きな働きや偉業を成し遂げた人は、歴史に名を刻むという成果を残しました。時にはその精神が書物や映像となり後世に伝えられています。しかし残念ながら、書物や映像は少しずつ埋没し、忘れられていきます。ところが時空を超えて継承され放つ喩えようもないものや、今を生きる人の言葉は、現生ときには後世に霊のように伝わっていくメディアとなります。たとえば、学校では学校全体が持っている伝統という歴史であり、名物なる冠をつけられた魂を揺さぶるような影響を与える言葉や姿勢を持つ教師です。
 郡上に住む人からは、そのような歴史と教師から影響を受けて育ったという精神が伝わっています。学びという平等なる人の求める根源を求めて、なぜ学ぶかより、学びというものによって得られる人の将来を郡上では「凌霜」なる言葉で伝えているのです。
 人生には、必ずよき出会いがあり、じっと我慢した向こうに達成感に満ち一段人間の高みを上げるような時があるのです。



PTA新聞 学校長より

誇りある郡上、日本

 赴任して3か月近く、郡上市在住、郡上から出て世界で活躍する卒業生の皆様方の郡上出身である誇りや寄せる熱き思いを大いに感じてきました。教えていただいた先生の姿や情熱を、昨日のことのように語られる言葉の向こうに、時代が変わっても変化することのない、出会いと学校の大切さを感じています。
 世の中はめまぐるしく変化し、私たちの生き方も大きく様変わりしました。事業所へ行くと、机上にはPCが開かれて、働く人々はじっと画面を見つめ、キーボードを打つ仕事をしています。お店ではバーコードの読み取りで商品管理等を瞬時に行っています。増え続けるニーズや対応について、機器は恐ろしい情報量を制御しています。生活の中すべてに通信機器が入り、毎日絶えず情報をやり取りしています。高度化した情報社会にインフラは、日々変化を遂げています。そして私たちは、このような世の中で懸命に生きています。一方で日本は、気遣いや謙虚さを奥深いゲームのごとく何手も先を読んで社会でどう在るかを教えてきました。時代を経ても、子どもはきちんと笑顔の挨拶を忘れず、大人は気遣った言葉でもてなしをしています。2011年の震災以降、日本人の行動が世界から称賛されていたことは記憶にあることと思います。
 日本の子どもは、「自身の行動に自信や誇りがない」と答えた調査があります。しかし、それは社会へ出るまでの一過性のものだと感じています。我が国は、家族や学校そして地域が世の中に出てどう在るかを常に教えています。近年の若者たちはよく学びます。そして、社会へ出た若者は慎重に、全体を見据えて世のためになる行動をしているのです。日本人は決して劣ってなんかいません。私たちは、誇りある郡上、日本で学びしっかり生きていると教えていきたいと思っています。



進路の手引きの巻頭言

これからの未来に向けて

 現代は高度情報社会である。70年前の真空管コンピューターの出現後、そのハードウェアは小型化され、通信技術進化の相乗効果により、スマートフォンは持って歩く高度な通信機器を備えたコンピューターと化した。
 情報は発信されると拡散していく。何か、集める手段を講じないと広がるばかりである。間違いを含む情報が拡散すると、複写を繰り返しとんでもないしっぺ返しを食らうことがある。私たちが必ず押さえなければいけないのはこの拡散現象である。
 私ごとになるが、昨年の秋にタブレットを購入した。アプリをインストールすれば、別売のペンシルで、ほとんどノート感覚で書き込むことができる。さらにデジタル入力したカレンダーと同期でき、今まで使ってきた手帳が全く不要になってしまった。多少のお金はかかったが、写真を張り付けたり、いろいろリンクさせたりと、手帳以上のことができるのである。私の頭の中では、拡散する情報を、何とか1つに集約しようと苦心を重ねた途中経過がタブレットのノート化なのである。手帳を忘れても、携帯電話スマートフォンは忘れない時代である。タブレットを忘れたときには、スマートフォンの同じアプリから手帳の内容を確認することができる。
 キャシー・デビッドソンが「2011年度にアメリカの小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」(According to Cathy N. Davidson, co-director of the annual MacArthur Foundation Digital Media and Learning Competitions, fully 65 percent of today’s grade-school kids may end up doing work that hasn’t been invented yet.)との予言は、タブレットやスマートフォンをはじめとする情報通信機器を駆使していると、正夢になる気がしてくる。現在生活する世の中を含め将来にわたり、人は情報を扱うというメリットやデメリット・リスクを十分に予想し、自身を対応させていかなければならない。そんな未来が待っている。いや、現実を私たちは生きているのである。
 一方、学校は未来への対応とともに大切にしていることがたくさんある。たとえば人として社会に出るための態度を意識し、毎日の日常を繰り返すこと。幼いころから学び積み重ねた内容を深め、振り返り、表現できるよう活用すること。社会に出てどんな仲間が加わっても互いに人間的な成長を求め、社会で役に立つ人となるための人間形成を目指すことなどだ。
 人は、学びにせよ、スポーツにせよ1つのことを集中してやり抜くことにより大きく伸びる。私たちは、激変する未来に向け柔軟に対応し、生涯人として成長しなければならない。氾濫する情報に翻弄させられることなく、今を大切にして、「やり抜く力」を身に付け、大きく成長したいものである。



平成29年度 入学式学校長式辞


 ただいま入学を許可いたしました224名の新入生のみなさん、入学おめでとうございます。また保護者の皆様、お子様のご入学、さぞかしお喜びのことと存じます。誠におめでとうございます。心からお祝いを申し上げます。     
 さて、新入生の皆さん、本日郡上高校の生徒となり、今は喜びと期待、緊張を持ってこの場に臨まれていることでしょう。今日の喜びは、皆さんの努力の賜であることとともに、ご家族の皆さん深い愛情や支援、小中学校の先生方が自立に向けて一生懸命にご指導くださったこと、そして地域の皆さんが成長を温かく見守ってくださったことが背景にあることは十分に分かっていることだと思います。       

 現実に目を向けてみましょう。今の世界はネットやメディアによる情報で刻々と変化する世界の情勢が身近なことのように伝わってきます。企業等が成長するために海外との結びつきを強めるグローバル化。めまぐるしい速度で進化するIT社会。学んだことは、数年で古くなり、常に学び続け、適応していかないといけない社会です。すでに英語はツールに近い必須のアイテムとなり、観光客が増加する郡上市に住む皆さんは、身近に感じていることでしょう。     

 未来の社会に向けて、これから述べることを参考に本校で大きく成長してほしいと思います。     
まず社会へ出るために、中学校で学んできた「当たり前のことを当たり前に行う」ことです。そんな伝統が郡上高校にあります。きちんとした身だしなみ・他人の心情を考えた元気なあいさつ・しっかりとしたお辞儀。清掃活動。いずれ社会へ出てからの基本となる大切なことをしっかりと身につけます。「自分自身は大人として自立を果たしていくのだ」と決意し高校生活を送ってほしいと思います。     
次に、高等学校の学習は、普通科の皆さんや総合学科の一部の皆さんは主として中学校と同様の普通教科を深めていきます。また、総合学科の一部の皆さん、森林科学科・食品流通科の皆さんは普通科目とともに社会の即戦力となる専門科目を深めていきます。普通科目と専門科目の学習のためには、まず1年生の前半を難しくても時間をかけ分かるまでやり切っていくことです。     

 本校は文武両道を目指しています。部活動に所属し、自分の好きなスポーツや文化活動没頭し一生懸命になることは、所属する同じ部で一生の友人ができ、人としてさらに人間性が磨かれ、大きく成長します。     
学習・部活動ともに共通する鍵は、「やり抜く力」です。3日続けると三週間続く。さらに3ヶ月続くと3年間続く力がついていきます。分からない問題を解決することや部活動で自分自身の技術を磨くことは、ジタバタしながらもあきらめずやり抜くことで身についていきます。本校の校訓は「凌霜」です。郡上の土地で、冷たい霜を必死に凌いで咲く菊の花。まさに、「やり抜く力」の精神が校訓となっています。       

 本校は、来年度で創立100周年を迎えます。これまで、25,000人を超える卒業生を世に輩出し、それぞれが地域・日本・世界の多種多様な分野でご活躍をされています。皆さんにも、そういった先輩方に続いて、本校の歴史と伝統を引き継いでいっていただきたいと思います。    

 最後になりましたが、保護者の皆様方。すでに郡上の子どもは、「郡上学」を幼いころから学び、本校に入学しました。私たち教職員は、お子様が自らの生きる道を切り開いていけるよう「郡上学」を継続すべく、全力で支援する所存です。小学校・中学校同様、ご理解、ご協力・ご支援をいただきますようお願い申し上げます。     
 それでは新入生の皆さんが、今日の緊張と喜びを「やり抜く力」に変えて、有意義な高校生活を送られることを祈念して式辞といたします。



平成29年度 前期始業式学校長式辞


 先日、赴任のあいさつに郡上市長さんと市教育長さんのところを訪問しました。そこで、市長さん、教育長さんからお聞きした郡高生の姿は、横断歩道を渡った郡高生が、止まっていただいた車のほうに180度くるりと向きを変え、あいさつをしてくれる。というものでした。相手の心を考えた、素敵な姿です。

 皆さんは、将来必ず社会へ出ます。その時に、まず大切なことは、中学校の時から言われているように、身だしなみ、あいさつ、相手の気持ちを思いやる行動「凡時徹底」です。     
「凡事徹底」の言葉のもとに、当たり前のことを当たり前に他人の気持ちを思いやる。そんな郡上高校生をつないでほしいと思います。     
トイレの汚れを放置すれば、悪臭や汚れがどんどん増えていきます。たとえば、サービスエリアの掃除をされる方々はそのような場所で利用される人たちのことを考え、他人が汚して所を徹底的に清掃されます。本当に大変な仕事だと思います。そんな仕事をする人たちの気持ちを皆さんは思いやることができるでしょうか。     
先ほど述べた、郡上高校生のあいさつの姿は、まさにここに通ずるものだと思います。「自分が車を止めた、だからありがとうを言おう。」ここに、「凡事徹底」の精神が生きています。あいさつのお辞儀も、深すぎても恥ずかしいことはありません。そして、社会のいろいろな公式の場面で、身なりをきちんと正すことに、誰も文句はつけません。     

 皆さんは学年が1つずつ上がり新入生も入ってきます。皆さんが1年生であった時のこと、不安でいっぱいだったあの頃を思い出して、「凡事徹底」を後輩に教えてほしいと思います。あいさつは、相手の気持ちを考えて。掃除は、外から来た誰が使ってもきれいなトイレ。「郡高生は、素敵だな」と思わせる身だしなみ。そんな姿を発信してほしいと思います。     

さあ、今日から気持を切り替え、がんばりましょう